TV大好き。映画大好き。ゲーム大好き。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 全国高校野球 甲子園大会 『駒大苫小牧高校 VS 早稲田実業高校』 まさに歴史に残る名勝負をあますところなく楽しむことができました。 ここまで熱くなったのは、松坂大輔が横浜高校で優勝した大会以来ですね。 しかし、あの時一番盛り上がった『横浜高校 VS PL』の試合は決勝戦ではなく、たしか準決勝。 「事実上の決勝戦」ではあったわけですが、実際の決勝は横浜高校の圧勝で幕を閉じた記憶があります(もう相手がどこかは覚えてませんが)。 松坂と横浜高校の活躍は『NHK特集』でもピックアップされ、良質のドキュメンタリーとして高い評価を得ました。 「横浜がPLバッテリーのクセを見抜いて、上重投手(現:日テレアナウンサー)の球種を見極めていた」というくだりは、不断の努力と一瞬の判断力とが織り成すスポーツの醍醐味を十分に感じさせてくれました。 なぜこんな話を長々書くのかというと、両チームの、とくに斎藤・田中両投手の心理状態を交えたドキュメンタリーが今から待ち遠しいからです。 決勝戦という大舞台で、極限まで研ぎ澄まされた球児たちの感覚。 そのとき、彼らの身体に、心に何が起きていたのか? 何が彼らを支えていたのか? ・・・・・・僕はそれが知りたいのです。 余談ではありますが、実は僕の父は北海道内の某高校を率いて2度、夏の甲子園に出場しています。でもって、僕の弟も某高校で夏の甲子園に出場経験があります。 が、父も弟も全て初戦敗退。 「甲子園に至る道の険しさ」と「甲子園で勝つことの難しさ」はそれなりにしっているつもりです。 北海道民としては、駒大3連覇ならずというのは確かに残念。 しかし、3年連続で決勝戦に駒を進め、延長引き分け再試合という歴史と記憶に残る名勝負を見せてくれたことは、大いなる誇りでもあります。 この先何年経とうとも、夏の甲子園のシーズンが来るたびに僕は必ず 「あのときの決勝戦、生放送で見れて幸せだったなあ」 と思い出すことでしょう。 注文したラーメンが来るまで、食堂のTVをちらちら眺めながら。 日曜日に家族を乗せた車の中で、ラジオを聞きながら。 ・・・記憶の片隅に残っている、父と弟のユニフォーム姿を思い浮かべながら。 PR ![]()
ナマは何でも良いですなぁ
へぇーっ、のいじーさんにそんなトリビアがあったんですか。だったらなおの事高校野球は特別なものなんでしょうね。
当日決勝戦の日はかなり迷った挙げ句テレビ観戦で…結果勝敗は決まらずで、行かなくて良かったのかどうなのか複雑でしたが、翌日は重い腰を上げで人生初の甲子園へ行って来ましたよ。 ただでさえベストゲームなのをライブで観れたのは一生の思い出ですね、かなり病み付きになりました(笑 余韻覚めやらず両校球場を退場するまでお見送り。駒苫ナインの胴上げなんか微笑ましかったですよ。 自分にとっても今年の夏の甲子園は特別なものになりました。
それはスゴイ!
そうですか。あの興奮のルツボの中にいらっしゃったのですね!?
僕が甲子園球場に足を運んだのは、大きく分けて2度。 父が監督として甲子園にいったのは、僕が5歳のときと6歳のときの2回。このときは西宮にはいっていません。 初めての甲子園は僕が8歳のときでしたかね? 父と僕と弟の3人旅で、夏の甲子園を見に行きました。 ちょうどPL高校の人文字がすごい人気で、外野スタンドで将棋倒しになって人死にがでたのがその前年だったような記憶があります。 で、その後、弟が甲子園に出たとき僕は受験生だったので一人で家で留守番してたので、2回目まではまたちょっと間があきます。 2回目は今の会社に入ってから。 入社3、4年目くらいのときでしたかね? 仕事で甲子園にいくことになって、1週間ほど忙しい日々を過ごしました。 ・・・・・・当時の出場校が強ければ、最長で20日間ほどいられる計算なんですがね・・・・・・。 でも、甲子園の記憶って、あまりにも鮮烈すぎて 自分の体験なのか、TVなどで見たものなのか、 わからなくなったりしますよ!? お気をつけあそばせ!(笑) ![]() |
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